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小杉 祐太 webメディアプロデューサー・ディレクター / VR事業 プロデューサー(株式会社Mural / 株式会社Crackin)
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小杉 祐太
2004年/音響技術科卒
webメディア「ミーティア」 プロデューサー・ディレクター
VR事業 プロデューサー
(株式会社Mural / 株式会社Crackin)

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1.現在のお仕事や近況などについて教えて下さい

2020年9月

それまで勤めていたレインボーエンタテインメントから事業譲渡を受けシティカルチャーのwebメディア「ミーティア」プロデューサー・ディレクターとして独立。
シティカルチャーのwebメディアとして、主に音楽+シティカルチャー全般を取り扱うメディアの運営を、プロデューサー・ディレクターとして行っています。

2021年3月から

株式会社Crackinにも参画。
こちらではVR/AR領域のビジネスについてプロデューサーとして働いています。
現在の主な領域としてはVR技術を利用したアプリでのバーチャルイベント等の企画・制作と主に「表現」の部分に注力していますが、今後はAR分野の開発等にも力を入れ、AR技術での「認識」からVR等での「表現」までをワンストップでサービス提供できるよう展開予定です。
また、こちらの事業ドメインでは、コロナ禍でダメージを受けているエンターテインメント業界への一つの提案の形として、リアル×バーチャル空間を併用した自社主催イベントとしてのオンラインフェスや、オンラインでのサーキットイベントなども企画中です。

現在模索中

現在は「Webメディア事業」と「VR/AR事業」とで二足の草鞋を履いている状態ですが「toBとtoC」「制作と宣伝」「マーケティングとブランディング」「認識技術と表現領域」など双方それぞれが分野としてシナジーを産み・補完しあう関係性だったりするので、実はこの2領域に同時に携わる事は、総合的な技術理解や課題解決・提案の為には、とても効率が良いのではないかと感じ始めています。

「面白そうならとりあえずやってみる」
「やりながら(走りながら)精一杯考える」
「どんなに考えてみてもダメそうなら早めに撤退する」

をモットーに、流れ流され様々な業種・職種を経験してきましたが、三足目の草鞋についても現在模索中だったりします。
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2.東放学園在学中の思い出や印象に残っている出来事はありますか?

一生の友人との出会い

2年生になってからは比較的早めに企業インターンに出たりもしたので、
学生生活としては、1年の頃の記憶がとても強いです。

当時は1学年の学生数も多く、クラス数も多かったためか、学年全員の顔と名前を覚えるのはほぼ無理な状況でした。が、その分「同じクラス」という仲間意識が強く、現在までずっと縁が続いている一生の友人との出会いがあったのは1年生時(1-Dクラス・担任は稲生先生)でした。

正直に言うと、切磋琢磨し勉学に励んだ記憶よりも、共通の志を持ち趣味趣向の合う仲間と無茶をしたり遊びまわっていたりした記憶ばかりが残っています。

一人暮らしを始めたての1Kの部屋で飲み会を開けば総勢16人が集まり、部屋のみならず廊下にまで人が折り重なるように酔いつぶれて寝てはまた起きて酒を飲む、を三日三晩繰り返したり


真冬のオールナイトイベントで明け方まで狂ったように踊った帰り、am5:00始発待ちの駅のホームで汗がすっかり冷えたTシャツを着たままで死ぬほど凍えたり


夜中に突然思い立って複数台のレンタカーに分乗し、秋川渓谷の奥地へ深夜BBQに出かけたり


今考えると何故そんなに元気に遊べていたのか?
学校へはまともに通っていたのか?
そんなことでよく卒業できたな!?
と驚くほど、若さと自由を最大限に活かし青春を満喫していました。

そんな学校生活での一番の思い出を挙げろと言われれば
『音楽が好きで仕事にしたい・それで生きていきたい』 というただそれだけの共通点を持つ友人達との「この曲のここのエフェクトがいいんだ」とか「このリフが最高」だとか、ああでもないこうでもないと、ただひたすらに”音楽”について語り合う、あの下らなくも愛おしいダラダラとした生産性の無い時間を、強烈に覚えています。

好きでたまらない音楽の話をしている、ただそれだけなのに、いくら時間があっても足りないほど盛り上がれたのは今考えるととても不思議ですが、やはりそれだけにとても輝いて見える当時の思い出です。
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3.学園の先生や卒業生の皆様にメッセージをお願いします

先生方へ

先生方、皆様お元気でしょうか?
たぶんみなさまお元気だろうということにして話を進めます。
私は在学時は決して”良い生徒”ではなかった気がしますが、当時の先生方の教えがいつのまにか糧となり、なんとかこうして現在も、界隈の業種・業界でご飯が食べられています。
恐らく、今学校に通っている生徒の中にもいわゆる”良い生徒”ではないタイプの人もたくさん居て、当時の私のように、現在進行形で先生方にお手間をかけたりしているのだと思いますが、懐深く、優しくも時に厳しく、それでいてフレンドリーで個性的な、東放学園らしい指導で導いてあげてください!

どこかの現場などで「東放卒」の後輩と偶然出会った際、手っ取り早く盛り上がれるのは、個性の強い先生方をイジる系のトークですので、引き続き先生方には、個性をめいっぱい出して指導を続けて頂けますと話のネタも尽きず、こちらとしても、とても幸いです。

卒業生の皆様へ

卒業生のみなさま、直接面識のある人や、これを見て「うわ、小杉だ、懐かし!」とか思って頂いた方は、コロナ禍が無事終息した暁にはぜひ酒でも飲みに行きましょう。むしろ、完全に終息せずとも様子を見つつ飲みに行ったり控えたりしましょう。そろそろ30代も半ば、久しぶりに懐かしい話とかができたら嬉しいです。

また、面識も何もないけれどたまたま暇で暇で仕方なく、この文章を読んでいる東放学園卒業生のそこのあなた、お仕事でもプライベートでも何でもいいんですが、ひょんな機会や縁があり、いつか出会ってしまいましたら、同校卒業のよしみで、アクの強い先生方の懐かしい話でもしましょうね。
その際には、ぜひよろしくお願いします。